働くことをあきらめない!ICTと「障害があるからこそ」の強みを生かして障害者在宅就労を実現

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障害者差別解消法が制定され、障害者との協働が推進される一方で、障害者関連の悲しい事件が起こる現代。社会の中で「障害を持った人が働くこと」はまだまだ、過渡期にあります。そんな中、「障害者だからこそ、強みがある。リモートワークは障害者の強みを生かせる働き方だ!」という視点から、障害者のICT就労を行うNPO法人「バーチャル工房やまなし」を立ち上げた田崎輝美さん。
前回に引き続いて、今回は「障害者就労とリモートワーク」について、バーチャル工房やまなしでの働きぶりについてお伝えします。

田崎輝美さん
1965年東京都生まれ。株式会社カルク情報教育・ソリューション担当課長、NPO法人バーチャル工房やまなし副理事を兼任。山梨県の「テレワーク・リモートワークの母」家族は夫と子供二人(詳細は前記事参照)。

企業の中で障害者雇用の認識を変えていきたい

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―田崎さんは、南アルプス市に本拠地のあるバーチャル工房やまなし(以下:バーチャル工房)の副理事もなさっていますね。障害者就労とリモートワークを結び付けたキッカケについてもお話を伺いたいです。

田崎さん(以下、敬称略):直接のきっかけは、ちょうどe-JAPAN戦略がスタートした頃、勤務先の会社が視覚障害者を主な対象にしたパソコン教室を教育事業として受託したことでした。
その時、本来、福祉器具ではない、誰もが普通に使っているパソコンに音声ソフトを入れるだけで、視覚障害者も健常者も同じ機械を使って作業ができる。「これは革命的だ!」と感激しました。障害者のICT就労にも以前から関心は持っていたので、「使いこなせれば、視覚障害があっても年賀状を自力で作れる!これはスゴイ!」と思ったんです。

効率化やOA化の道具であるパソコンを「できなかったことを、できるようにしてあげる道具」と再認識したことが、障害者ICT支援へ結びついたことで、平成17年に重度障害者在宅就労促進事業として本格的にスタートしました。

―そこからバーチャル工房の設立へ進んでいかれた。

田崎:障害者向け教育事業の終了時点では、カルクは障害者の直接雇用しない方針でした。でも、障害者のICT就労による自立支援をする民間団体設立を受け、会社として「応援すべきだろう」との判断からオファーが来て、副理事をお受けしました。二つの仕事を兼務するか専任かで紆余曲折はありましたが「企業の中にリモートワークを普及させたい」という思いがあり、兼任の形となりました。

―子育てしながらのお仕事で、更にNPO法人立ち上げとなると簡単ではなかったと思いますが、その頃の心情的な背景なども伺えますか?

田崎:実はこの事業の1年前に家族に難病が見つかり、私自身が、治癒も就職も将来も見えない状況でした。「いつか、退職して、また、SOHOに戻らざるを得ないかも。」と思っていた。
障害者自立支援法の制定と、障害者ICT就労支援事業の話が来たのが、そんな事情で不安になり始めていた矢先だったので、飛びついた感じです。

実際の事業では、カルクの中で構築したVPN(プライベートネットワーク )で、ワーカー同志がファイルのやり取りをするシステム構築も行いました。その様子から社内にも「こういう仕組みを作れば障害者がパソコンで就労できるんだな。」や「田崎がそういうことをやっているらしい。」という話が広まっていきました。口コミで徐々に外部へも情報が広まると、周囲の企業さんから「障害者福祉って、儲からなくないですか?」と聞かれましたね。でも、私的には論点が違う気がします。

―最近では、「稼げる障害者になる」が大きなキーワードになっているのを感じますね。しかし田崎さんの本懐は「そこじゃない」と。

田崎:障害者就労の中で私が目指しているのは「障害者の「できる」を増やす」という点に尽きます。会社の中でのインフラ整備と、山梨の中にリモートワークを少しでも広めたいのに、会社員という立場が足かせになる場面も出てきてた時期だったので「障害者ICT支援事業」が、リモートワーク普及の突破口になるかもしれないと思っていましたね。

外出困難のある障害者は「出社ができない人たち」ですから、バリアフリーでないオフィスだったら「やむ追えない事情により出社しない勤務を認める」しかない。そこで、「リモートワークなら就労できますよ」といえるのがICT支援なんです。しかし、始めてみて10年が過ぎて、原点である「時間と場所にとらわれない働き方」を思い返すと、障害者ICT就労支援も「突破口になりきれていない現実もある」と思っています。

―カルクとバーチャル工房と、他の個人で受注するお仕事と、複数の仕事の割り振りは、どのような形で進めておられるでしょうか?

田崎:カルクでは 正社員として働いていますが、家族の介護のために時短勤務しています。バーチャル工房は夜8時からskype会議等、個人で受託している仕事は空いている時間、自分の中で時間をやりくりしてスキマ時間に挟んでいますね。(月)から(金)は、9時から4時まで社員としての勤務をしています。けっこうハードですね。

―ご主人とかお子さんは、その「時間の使い方」「勤務状況」についてご意見を言われることはありますか?

田崎:リモートで働いてるグループの事を考えていると、仕事と生活の会話がゴチャゴチャしてしまうことはありますね(笑)時々、主人に「君、なんでそんなに話が飛ぶの?」「もう、ついていけん」とか言われてます。一般的な共働きだったら、すごく問題になるのかな?と考えたこともありました。

複数の仕事を掛け持ち中に、在宅就労でも机の上のPC作業では「家の中で時間か場所を制約しないと働けないのか?」と思ったこともありした。例えば、介護しながらの在宅就労では、パソコンの前にずっと座っていられなくなると「時間」か「場所」で区切る必要がある。スマホが進歩してから、パソコン以外でもできることが増え、スキマ時間の使い方が変わってきましたね。

ハードが充実する一方で、会社員からリモートワーカーになる場合、「リモートワークに必要なスキル」を持っていないと、ワーカーさんが不安感から働けなくなる例も見てきました。業務管理やセキュリティーの管理、自己管理能力やリモートワーカー向けの性格もあります。以前は漠然と感じたことが、18年間やってきてみて明確になってきたと思います。

 

障害者だからこその「強み」を武器にする働き方をリモートワークで実現

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NPO法人バーチャル工房やまなし公式ホームページ

 

―実際のバーチャル工房やまなし内で行われている障害者就労をご紹介ください。

田崎:バーチャル工房では、「働くことをあきらめない」をキャッチフレーズに、ホームページ作成、テープ起こし、ロゴや画像の作成など様々なものを扱っています。「出来ないことはシェアワーク」「出来ないことは、人に任せて、できること。「強み」を活かしましょう」という形をとっています。

例えば、車いす生活者と、視覚障害者が一緒に組んでホームページを作る場合、視覚障害者はコーディングはできるけど画像が見られない。そこで見える人に手伝ってもらう。

このように課題を抱えている人同士が、相互に課題をフォローしてくれる人とチームを作って働くべきだという思いが強いですね。

―お互いが補完しあう関係ですね。

田崎:テープ起こしでは健常者が3回校正して、最後に視覚障害者がWORD読み出し機能で高速の音声を正確に聞き取って、ミスを見つけます。健常者なら無意識に見落とすものを、音声読み出しでは、そのまま出力されるため、逆に見えないことが「強み」になってたりするんですよね。そう考えてみると、シェアワークで強みを組み合わせることで、仕事がハイクオリティになる面もあります。発見の連続ですね。

ある車椅子の高校生が「僕は障害を持っているからこそ、みんなと違う目で色々な世の中を見ることができて、それは、僕の強みだと思う。」と。いい言葉だと思います。

―実際に始めてみてから、「地域事情」みたいなものもあったとか。

田崎:視覚障害者の雇用を決めたとき、「山梨では視覚障害者が在宅就労支援事業の対象者ですか?」と、東京の同じような支援団体から言われました。「東京は公共交通機関が発達していて視覚障害者でも出社可です。在宅就労なんか困るでしょ?」と聞いてびっくりしました。

公共交通機関が未発達な山梨は、まず一番、車椅子、次に視覚障害者が外出困難な人になります。インフラの差で条件が変わってしまうことには驚きました。

一般に視覚障害者の教育というと、盲学校にいって、はり灸マッサージの資格取得が固定概念化しています。一方、私は視覚障害者のパソコン指導経験から、「事務仕事ならできる!」という感触を持っていました。

そんな折、バーチャル工房に「CAD経験あり、視覚障害者になって失職した」人がいて、やらせてみるとパソコンでテキストは打てる、でも画像は扱えない。そこで、画像は車いすの人にやってもらう形を作りました。そうやって、できないことをチームで手分けして分業してもらっています。

重度障害者は「●時から●時まで事務所」が困難で、1日2時間とか4時間の短時間労働になりやすい。そこで、フレックスタイム制にして、たとえば「1日4時間」だったら、体調に応じて「午前2時間、休憩して午後2時間」「今日は体調いいから午前4時間」とか、調整してもらっています。

―それこそ、時間と場所障害ですよね

田崎:外出困難以外でも、病気、障害の状態、呼吸器の問題などで福祉就労でも時間や場所を限られることがネックになる場合があります。その意味では健常者も、自分のペースで働けるためには在宅就労しかないと考えます。パソコンを使いこなすことが障害を克服して働く手段になることで、精神面でも強い支えになってくれるのも重要なのではないかと。

反対に、外出困難が強みになった例として、やまなし絆ネットワークでの災害支援があります。

東日本大震災の時話題になった、Facebook を使った現地情報の発信は、「常にパソコンの前にいてリアルタイムで発信できる人」が居なければならない。通常の就労をしている人には困難です。けれど、外出のできないバーチャル工房のメンバーなら、常にパソコンの前に居ることができるじゃない!って気づきました。災害支援での現場情報、整理された発信の重要性が認識されるようになって、今でいうキュレーターの必要性が理解されるようになりました。震災から5年後の今は常識となっている。ネットの世界での様々なアイディアは「今!」と思ったらすぐにやらないとダメだとも感じました。

―外出困難者がリモートワークで災害支援の核になる、とは新しい発想ですね。震災後はテレワークで被災者支援も広まりましたね。

田崎:そうですね、最近テレワーク、リモートワークに注目が集まり、山梨県も企業誘致に力を入れている。けれど、リモートワークで大切なのは「人材誘致」ですよね。良い人材を確保するためには、コーディネーションをしてくれる「繋ぐ人」の存在なしでは語れない。18年テレワークと関わってきて「これから」を考えると、会社の中に籍を置いて、つなげていく場所が欲しい、と思っています。その点からコワーキングにも興味があります。

最近よく「働き方の多様性」って言葉を聞くけれど、日本の中だけの「多様性」ってとても幅が狭い印象があります。大企業や都会では大きな課題と認識されている多様性が、地方都市では今一つで、「困ったら、別の人を雇えばいい」で終わってしまっているのが心配です。

単にテレワークの拠点施設を増やすのでなく、そこにはコーディネーターとか人と人を繋ぐ役割をする人が不可欠です。場所を作るのは難しいけど、そういう人になれればいいな、と自分では思います。障害者就労支援とか、コワーキングとか、「こういう人になると、みんなとつながっていくことで、できるよー」っていう情報も発信したいですね。

 

リモートワークでつながることで「補い合える障害者就労」を作る

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―リモートワーカーとしても、障害者ICT就労のオーソリティーとしても18年の長いキャリアを積んできて、最近思うことをお聞かせください

田崎:最近は、何でも自分でやろうとしたらダメだなーと思うようになりました。自分自身が外出しづらい立場になったことで、「出られないなら、自分のそばに集まる仕組みを作ればいいんじゃないか?」と考えるように代わりました。出かけて行けないなら、障害者である自分がいるところに人が集まってくれるようなコワーキングとか、広場作りができないかな?と構想してます。子育てサロンや、異世代間交流も増加している今、「世代無関係なら、障害も関係なしで色々な人が集まれる場所に、一緒に居られればいいかも。」と思います。

また、障害者の親の会関連の集まりなどで場づくりの話をすると、「親の会」相互のネットワークづくりも大事だな、と感じています。かつての親の会は、障害者の人権を守る目的で集団を作って、エンパワーメントと外部交渉できる団体の形成を担っていたと思います。障害者差別禁止法ができて、人権意識が変わってきた今は、身近な「周囲」への働きかけが求められるようシフトしてきていますね。障害者が「当たり前にいる社会」を作るには「周囲」を育てないと。

―ネット上に掲載されている情報の量も、当時と比べるとはるかに多くなっていますもんね。

田崎:そうですね。昔なら自分が病気とか悩みを抱えたとき、ネットで同じ県内の仲間探しができる方法はありませんでした。突破口だと思ったところが、障害者差別禁止法とか、国連の人権宣言関わりなどで「この先どうなるのかな?」と思う面もあります。

また、女性としてはライフイベントである、結婚、妊娠、出産があっても、完全に仕事を止めてしまうことは、しない方がいいんじゃないかと、思いますね。子育てや家庭を維持することを優先しても、完全に働かない状態になると、機器や社会の進歩に着いて行けなくなるように思うんです。私の場合、1年間だけSOHOに切り替えただけで、ほぼ止まらずに、細々でもとにかく勤続してこられたということそのものは良かったですね。それでも子どもの病気とか、常に「事情」は付きまとってましたから。

「なんの事情もない状態」って難しいと思います。女性の生活は、働かなくても、主婦で妻で母、とマルチタスク状態です。全ての人がこのような状況なら、何かの仕組みを考えなければならない。勤務時間と場所の条件が合わなくなって退職者が増えたら、残った人が辞めた人の穴を補いつ倍働く状況も起きる。

―事情を持ちながら働くのに、シェアワークやリモートワークは有効だということですね。最後に田崎さんの考えるリモートワークの魅力をぜひ!

田崎:私が東京から移り住んで東京から仕事を貰いつつ、子育ては本当に山梨でしてほんとに良かったなと思うんですよ。でも仕事は、東京であのまま続けていたらどうなっていたのかは気になりますね。振り返ってみると、Eジャパン戦略に飲み込まれ、自立支援法で飲みこまれみたいな?なんか自分から、世の中の波にサーフィンしてる感じで・・・(笑)

色んな手段を使いつつみんなでシェアワークできる環境を、リモートワークは実現できるのではないか?起業の中のチームワークもそうだけど、色々なところと連携することでチームを構築することが魅力ではないでしょうか。

―今日はありがとうございました。取材の間、社会の様々なことに関心を持ち、広い視点で考察されている様子が言葉の端々から感じられました。常に新しいことを追いかけて、リモートワークのメリットを最大限に活かそうとするチャレンジ精神は、後に続くワーカーさんのとっても、良いモデルケースになると感じました。

地方ならでは、また、障害者ならではの「事情」をメリットに変えてしまうことができるリモートワークの良さを存分に語っていただけました。田崎さん、ありがとうございました!

 

この記事の著者:Ruaha 裕子(Yuko Ruaha)

設計業、測量補助などを経て米国人の夫と結婚後、山梨県へ移り住む。子どもの発達障害をきっかけに携帯小説の執筆を始めたことがきっかけとなって、Webライティングの道へ。通年、夫の個人事業に携わりながら、農繁期は地域貢献のための援農に従事しながら、主にクラウドソーシングでライティングを行っている。地方都市とリモートワーク、障がい者就労とリモートワーク、農業とリモートワークなどの未来を夢見る「田舎のトリプルワーカー」。


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by caster-biz